まだ知らない
自分に
出会える場所。

THE BARBERTHE BARBER

CONCEPT

『 CUSTOM MADE BARBER 』
〜 生き様を、髪型に 〜
流行ではなく、本質を。
骨格、仕事、背負ってきたもの。
そのすべてに向き合い、
その男にしかない一髪を刻む。

エントラスト
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THOUGHTSTHOUGHTS

THOUGHTS

気づけば、ずいぶん長い道を歩いてきた。簡単な道じゃなかった。だが、それは最初から分かっていたことだ。楽な道を選ぶ気は、最初からなかった。この仕事も、この人生も、すべて自分で選び、自分で背負ってきた。

単身で渡ったアメリカ。自分はどこまで通用するのか。逃げる理由はいくらでもあった。だが逃げなかった。そこで知ったのは、技術の差だけじゃない。「覚悟」の差だった。そして何より、俺をここまで育ててくれたのは、いつも"お客様"だった。

ENTRUSTは、俺の店じゃない。お客様と共に創ってきた場所だ。時には甘え、時には叱咤し合いながら、気づけば、人生を語り合う関係になっていた。
「ここに来て、人生が変わった」その一言が、今も俺の背中を押し続けている。

まだ未完成な店。まだ未完成な仲間たち。だが、未完成であることを、俺は誇りに思っている。完成した瞬間、人は止まる。
ENTRUSTは止まらない。ここ石川県から、本物のBARBER CULTUREを、発信し続ける。

  • 2008
  • 2014
  • 2018
SCROLL
HISTORY

HISTORY

ハサミを握った理由を、正確に覚えているわけじゃない。
ただ、分かっているのは、「簡単な道は選ばなかった」ということだけだ。
器用な人間じゃなかった。要領もよくない。だが、逃げるのだけは嫌だった。

2008

「ENTRUST HAIR」オープン。2008年9月2日。「92(KUNI)の日」に産声を上げたその店は、荒波の中での船出でした。リーマンショックの真っ只中、手探りで自分の「城」を築こうとしていた國本の胸には、言葉にならない焦燥感と、ある確信めいた予感がありました。

辿り着いたのは、和と洋が火花を散らす「ワメリカン」という新境地。星条旗の傍らに障子が佇み、鶴亀の縁起物がヴィンテージ雑貨と共鳴する。その空間は、既成概念を壊す心地よい刺激に満ちています。

しかし、この店の真髄は、國本が放つある一言に集約されます。「基本、お客様の言うことは聞きません」それは傲慢ではなく、プロとしての退路を断った覚悟です。その人の骨格、毛流れ、そして放つ空気を見極め、本人が気づいていない「最高の一髪」を彫り出す。

似合わないものは勧めない。それが「カスタムメイド・バーバー」としての矜持。

HISTORY

2014

「キャンディークロスオーバー」オープン。2014年、金沢。アメリカンスタイルのバーバーなんて「10年早い」と鼻で笑われた。知名度もなければ、出口も見えない。けれど、國本の胸の内は、冷めた視線を焼き尽くすほどの熱量で溢れていました。

「俺の『カッコいい』が刺さる奴だけが、来てくれればいい」そう腹を括った。綺麗な成功ルートなんて興味はない。泥にまみれてでも、自分の「正解」を証明したかった。

フェード技術と、磨き続けてきたハイクオリティな刈り上げが、頭の中でガチリと噛み合った。向かったのは理容セミナーではなく、東京のカーショーやバイクショー。カルチャーの最前線に身を投じ、自らの血肉に変えていった。

2014年7月2日。ENTRUSTという名の、不器用で、けれど最高に尖った「超特化型」のエンジンが産声を上げた。万人受けなんていらない。本物を求める奴らのための「居場所」を作る。ENTRUSTの逆襲は、この泥臭い一歩から始まった。

HISTORY

2018

2018年、初めてニューヨークの地を踏んだ。床屋が「バーバー」と呼ばれ、刈り上げが「フェード」と名を変え始めた時代。その違和感が、國本の中でずっと燻っていた。自分が信じてやり続けてきた技術は本物なのか、それともただのお飾りか。

世界の基準を知らなければ答えは出ない。だが、腰は重かった。

その背中を押したのは、仲間たちだった。東京の同志がポマードブランド「ブロッシュ」を立ち上げ、次々とアメリカを目指し始めた。レジェンドバーバー・川上さんの「集大成をアメリカに刻んでくる」という覚悟。

そして、お客様たちの「自分磨きに行ってこい」という言葉。ニューヨークで得たピースを持ち帰った國本は、セミナー講師、バイク雑誌モデル、業界誌、MC——バーバーの枠を超え、全国へと活動の幅を広げていく。その勢いは、今なお止まらない。

HISTORY